街角でしゃべってる、あの看板の話。

かんばんは。プランナー藤原です。

今回はちょっとマジメな話を関西弁で。

ほな。

街を歩いとったら、うちら知らんうちにめっちゃたくさんの「看板」に囲まれて暮らしてるんやなあって思います。

お店の名前がドンと出てる看板もあれば、道案内の標識、ビルの壁いっぱいの広告、手書きのメニュー札や「営業中」のプレートまで、ほんまにいろいろあります。

普段はそんなに気にせえへんけど、看板って実は毎日の中でちゃんと仕事してくれてる存在なんですよね。

看板のいちばん大事な役目は、やっぱり「伝えること」ですわ。

ここに何があるんか、どんなお店なんか、どっち行ったらええんか。色とか文字の形とか配置を工夫して、パッと見ただけでわかるようにつくられてます。

たとえば、あったかい感じの筆文字やったら「なんかほっこりできそうなお店やな」って思うし、シュッとしたロゴやったら「おしゃれなんちゃう?」って想像しますやん?

看板ひとつで、そのお店の空気まで伝わるんやからおもろいもんです。

古い商店街なんか行くと、ちょっと色あせた看板とか、昔ながらの字体の店名を見かけることありますよね。

長いことそこにある看板には、その街の歴史がしみ込んでる気がします。

お店が変わっても、前の看板の跡がうっすら残ってたりして、「ここ昔は何屋さんやったんやろ」って想像が広がります。

看板ってただの表示ちゃうくて、街の思い出を残してる存在なんやなあと思います。

それに、看板は人をホッとさせてくれることもあります。

初めて行く場所で目印の看板見つけたとき、「あ、ここや!」って安心しますやん。

逆に案内がわかりにくかったら、ちょっと不安になります。

駅とか公共施設で絵のマークが使われてるんも、言葉がわからん人でも伝わるようにするためです。

いろんな人にやさしく道を教えてくれる、そんな役割もあるんですね。

最近は、映像が流れるデジタルの看板も増えてきました。

時間帯で内容変えたり、動きで目を引いたり、なかなか賑やかです。

でも、どれだけ形が変わっても、「どうしたらちゃんと伝わるか」を考えてるところは昔と一緒。

情報があふれてる今やからこそ、シンプルでわかりやすい看板のありがたみを感じます。

看板の向こう側には、たいてい誰かの思いがあります。

「お店に来てな」「迷わんと来てな」「気ぃつけてや」「楽しんでってな」

――そんな気持ちが、小さな札にも込められてるんです。

そう思って見ると、看板ってちょっと愛おしくなってきませんか。

いつもは素通りしてる看板も、たまにじっくり見てみたらおもろい発見があります。

「なんでこの色なんやろ」「誰に向けてるんかな」って考えてみると、街の景色がちょっと違って見えてきます。

看板は主役やないかもしれへんけど、街と人をつなぐ名脇役。

今日もどこかで、静かに、でもしっかりと、自分の役目を果たしてるんやと思います。

ほなな。